山口家庭裁判所萩支部 昭和40年(家)527号 審判
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【要旨】一 財産分与について
(1) 被相続人(明治七年生)は昭和二二年一二月死亡したが、妻、直系尊属、直系卑属(長女ハナ一名のみ)、兄弟姉妹はいずれもすでに死亡し、兄弟姉妹にも直系卑属はない。
(2) 昭和三九年一〇月相続財産管理人が選任され同四〇年一月相続債権者受遺者への請求申出催告の公告、同年三月相続人捜索の公告がそれぞれなされたが、相続人、相続債権者、受遺者の申出はなかつた。
(3) 被相続人の遺産は別紙財産目録記載のとおりの山林、原野、田、畑、宅地、家屋である。
(4) 申立人(明治三〇年生)は被相続人と血族関係はないが、昭和二年頃被相続人の一人娘上記ハナの婿養子として迎えられ、同年一二月下旬挙式の上、当時山口県巡査であつたため、下関市内でハナとの夫婦生活を営んでいたが、正式の戸籍届出をしないうち昭和三年八月ハナは結核で死亡し、その後同年九月被相続人夫婦と養子縁組をした。そして昭和八年一〇月頃妻キヨと再婚(届出九年一二月)し、妻ともども農繁期には帰つて手伝うなどして、養家につくしていた。
(5) ところが被相続人の妻は昭和一二年死亡し、申立人と被相続人の同居していた妹シノとの折合が悪くなつたため、同一三年申立人は被相続人と離縁した。
(6) その後昭和一八年にいたつて被相続人の妹シノも死亡し、被相続人は独り暮しの身となつたため縁者を介して申立人と復縁話がもちあがり、シノ死亡後一年頃に事実上復縁の話がまとまつた。そして昭和二一年一月頃申立人は警察官を辞し、被相続人の許に帰り、同人が死亡するまで妻キヨともども同居して老衰した被相続人の看護療養につとめ、その葬儀の際には喪主となつて厚礼をつくした。
(7) 申立人は上記帰来後当時被相続人の老令のためほとんど小作に出されていたその田を戻して代つて耕作し、以後今日にいたるまで別紙財産目録記載の家産の維持、管理につとめ、公租公課も負担してきた。
(8) 相続財産管理人の意見も申立人を被相続人の特別縁故者として相続財産の分与を受くべき者としている。
(9) 以上の事実からして民法第九五八条の三第一項により、下記のように相続財産管理人に対する報酬金支払義務を負担させた上で、別紙財産目録記載の相続財産全部を申立人に分与するを相当とした。
二 相続財産管理人に対する報酬費用支払について
(1) 相続人不存在の財産管理人に対する報酬等については相続財産を換価した上その換価金から支給するのが通常であるが、相続財産を特別縁故者に分与する処分をなすべきとき、特に本件のように相続財産を現状のままで分与を受ける者の生業の資とするのが適当とする場合には、民法第九五三条、第二九条、家事審判法第一六条、民法第六五〇条、第九五八条の三の各趣旨からし、報酬付与事件と本来の相続財産処分事件との審理を併合し、分与を受くべき財産を限度として分与を受ける者に報酬金、管理費用の支払義務を課するのが相当である。
(2) 本件財産管理人の支出した相続財産管理費用は金四、六八〇円である。また本件相続財産の相続税評価額が総計金一、四〇一、七〇五円であることなど事案の性質から財産管理人の報酬は金二〇〇、〇〇〇円と定め、上記費用報酬合計金二〇四、六八〇円の財産管理人に対する支払を申立人に命じた。(舟本信光)
〔財産目録〕(抄)
一 山林原野八筆(計約四、九〇〇m2)
二 田一五筆(計約八、六〇〇m2)
三 畑六筆(計約一、二〇〇m2)
四 宅地一筆(約四八〇m2)
五 住家一棟(約六六m2)・一棟(約五〇m2)
【解説】相続財産処分事件において与える財産は、「清算後残存すべき相続財産」の全部又は一部であるから、管理人報酬を含む管理費用の清算のための引当財産を残して対象財産とするか、あるいは清算完了後に残存した財産を対象とすべきであるといえる。加えて、家事審判規則においては換価等の処分に関する規定(一一九の六)があるに止まり、遺産分割の場合の債務負担に関する規定(一〇九)と類似のものをおいていないのであるが、これは、遺産全部につき相続人の権利を認める遺産分割では現物分割を建前とし、それでは解決しえぬ場合のみ債務負担の方法による(したがつて換価分割はごく例外的な場合ということになる。)に対し、本処分にあつては、相続財産の上に権利を認めるものではないので現物給付にこだわる必要がない。そこで現物給付ができないときは換価分与するものとし、債務負担の方法を考慮する必要がないとされたものと考えられる。そうだとすると報酬を含む管理費用を分与を受ける者に支払わせる本審判は、その根拠について疑問の余地がないわけではない。けれども財産の全部を現状のまま与えるのでなければその趣旨を全うしえないという場合も考えられ、本審判のような事例も出て来たものと思われる。その意味において、将来の規則改正を指向する裁判例であるということもできよう。